カクヨム
五
「では、告白カードにカップルになりたい異性の番号を第一希望から第三希望までお書きいただきます。絶対に第三希望まで書かなければならないわけではありません。第一希望だけでも、第二希望まででも結構です。お気に入りの異性の番号がわからないということもあると思いますので、今から確認タイムです。まずは男性の皆さん、目を閉じてください。女性の皆さんには今から会場を自由に移動していただき、男性の顔と番号を確認しながら、告白カードへの記入をお願いします。それでは女性の皆さんお立ちください。あっ、男性の皆さんはまだ目を開けずにお待ちくださいね」
今日の司会は凪が担当していた。僕の紹介で有限会社サンライズクラブパーティーの司会者として引き入れられたのだ。
凪は展示会のイベントコンパニオンをしていた。臨海地区によくある広大な会場での自動車メーカーやゲームソフトメーカーの新製品発表イベントに華を添えるべく揃いのミニスカートで笑顔を振り撒いていた内の一人だ。
彼女がアナウンススクールに通い始めたのは、二十代半ばを過ぎたイベコンが次のステップとするナレコン、ナレーターコンパニオンになるための勉強だという。ナレーターコンパニオンとは各ブース企業の新製品の紹介や説明を、マイクを使って行うポジションとのこと。ミニスカで笑顔を振り撒くだけのイベコンからも一目置かれる存在らしい。
凪はかつての仕事歴、キャバクラ嬢やコンパニオンはコンパニオンでも宴会の席に派遣される方のコンパニオンの経験を僕にあっけらかんと告白していたが、それらは大した告白だとも思えなかった。むしろ美貌を商売に出来る凪が自分と恋仲であることが誇らしかったし、当時接待されていただろう男たちに優越感を抱きもした。
今日のパーティーは「女性二十代限定」女性は参加費無料、男性は一人税込八千円。バブル景気が終焉したとはいえ、一度遊びを覚えた三十代の独身男たちが大人しく倹約に励めるわけもなく、大挙して参加している。人数は会場キャパぎりぎり、いやオーバーしているだろう。消防法上、大丈夫かなと思える百二十四人を動員していた。
僕は受付や諸々の雑用に従事していた。いつもは司会者として勤務しているが、凪の司会デビューとあって今日の勤務を社長に直訴していたのだ。
やがて、男女ともに告白カードの記入が終わり、百二十四名分のカードを手際よく、他の女性スタッフらとともに捌いていく。まずは男性の記入した青色の告白カードを番号順に並べていく。磯島の担当だ。
磯島は元々このパーティーの常連女性客だったが、パーティーへの出席を重ねるうちに主催者側の人間とも親しく会話するようになっていた。そんな経緯で社長直々に磯島へ「スタッフとして働けへん?」と誘ったのだ。磯島自身も本来の、パートナーを探すという目的よりもパーティー自体の面白さに惹かれていた頃で、拒む理由はなかったのだろう。
次に女性の赤色告白カードを見ながら男性のカードと照らし合わせていく。これはスタッフ二人、僕とウィークデーは事務機器メーカーのOLをしている元山が女性の告白カードを適当に等分して当たった。互いの優先順位が高いほどカップルとして認定されるという仕組みだ。
「あっ、元山さん、こういう場合どうなるんでしたっけ?」僕が言った。
「えっ、どんな場合?」
確実に面倒臭そうな反応だったが、僕は続けた。
「すいません、いつも司会ばっかりなんで。この女性の第一希望の男性は21番の男性、でも21番の男性はこの女性を第二希望にしていますよね。変わってこっち、35番の男性はこの女性を第一希望にしている。そして、この女性は35番の男性を第二希望として指名しているんです」
「はっ?」面倒臭いというよりは理解できなかったのだろう。僕は元山に質問したことを悔いた。
「それたまにあるケースよ」磯島が助け舟を出してきた。
「そういう場合は女性の希望を優先するの。女性客あってのパーティーなんだから」
「なるほど、ではこの女性の第一希望である21番とカップル成立ですね」僕はそういうと赤青二枚の告白カードをホッチキスで閉じた。そのちっぽけなホッチキスの針こそがカップル誕生の証となる。
「なるほど」と言ったのは「そういうルールか」と理解しただけで、「女性客あっての」の件(くだり)に対してではなかった。「変なの。お金払っているのは男性なのに」僕は言葉を飲み込んだ。
「おいおーい、どんな感じ?」パーティー会場からは衝立で目隠しされたこの小さな作業エリアに日出が現れた。彼こそが有限会社サンライズクラブパーティー代表取締役社長だ。日出の左胸には59番の番号札が付いている。
「鋭意カップリング作業中です」磯島が親しみを込めた笑顔で答える。
会場では凪が「かつて出会ったあり得ない男」という話題で場を繋いでいた。僕はその話の内容に聞き入りたかったが作業を急いだ。
「いやな、4番と」メモを見ながら日出は続けた。「15番と52番の告白カード見せて」
「またですか、社長」今度は元山が呆れたように答える。
日出は元々、個人的嗜好から数々のカップリングパーティーに出席してきた。それなりに良い思いも重ねるうちに、彼の中で思惑が弾けたのだろう。「ノウハウもアイデアもあるし、自分でやったろ。したら、参加し放題やん」そうして自ら有限会社サンライズクラブパーティーを起こし、週末毎に京阪神一円にて二十数会場で開催される自社のパーティーのどこかに参加していた。当然客には、まさかこのパーティー会社の社長が参加しているなんてことは秘密だった。彼の起業当時、ほとんどのカップリングパーティーでの告白は、かつての人気番組のように女性を一列に並べて、男性から一方的に衆人環視の下で行われていた。フラれる男性も、誰からも告白されない女性も、周囲にそんな姿を晒したいわけがない。これはテレビ番組ではないのだ。関西にいち早く誰も恥ずかしい思いをしない番号投票制の告白形式を持ち込んだのが日出だった。程なく他社も追随したやり方だ。
「見せて、見せて」日出はそう言うと、赤色の4番と15番と52番のカードを探してはチェックした。「うわっ!4も15も俺の番号書いてないやん。ほんなら」日出はジャケットの内ポケットから未提出だった自分の告白カードを取り出し、52と書いた。
「ほな、もっちゃん、よろしくな!」
「職権乱用!」元山はそう言いながらもさほど気に掛けていないようだった。そうして、彼女は慣れた手付きで52番と日出のカードをホッチキスで閉じた。
僕は考えていた。男にとっての第一希望から第三希望とは何だろう。今日のパーティーなら女性六十二人中の自分にとってのベスト3なわけで(全ての参加女性を吟味する時間はないが)、その三人の内なら誰でも良いというのは極論でもなさそうだ。確かに男性は必ずといって良いほど第一希望から第三希望までを全て書き埋めていたが、女性は第一希望だけとか、白紙で提出してくることもしばしばだった。女性優先のルールは真っ当な判断かもしれないと納得に至った。
日出が言い忘れたことがあるというふうに踵を返し言った。
「三規生、凪ちゃんいいね!」
「社長、ありがとうございます。今後も使ってやってください」日出の「いいね!」が司会者としてか女性としてかなのかはどちらでも良かった。社長と呼ばれるこの男さえも凪を認めているという事実がただただ嬉しかった。