吉田ジョージの吉田屋帝国

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吉田ジョージ作 恋愛青春小説『風凪ぐ(かぜなぐ)』六

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 僕と凪がまだ出会っていない同じ年の三月。気象台からタンポポの開花がひっそりと発表された下旬に、僕は師匠と出水と梅田のクラブにいた。クラブとは大音量で音楽が流れ、若い男女が踊る方のクラブであって、女性が隣に着座してお酒を作る方のクラブではない。ダンスチューンのベタといえるアバのヒット曲が会話の妨げになるほどの音量で鳴っていた。ここではニルヴァーナは流れない。

 師匠は大学の同級生であり、卒業後、国のとある省庁に国家公務員二種として務める男であり、僕と出水のナンパの師匠だった。
 国家公務員然としない茶髪のロングヘアーを掻き上げながら師匠は説く。
「今は物騒な時代やからこんな、さあナンパしなさいというような箱でしかナンパできひんけど、大学時代は」
 僕は同じ大学の師匠と大学時代の付き合いはなかったが、共通の友人の伝手で卒業後に出会ったのだ。

「近所のスーパーでも本屋でも、駅のホームでもバス停でもナンパしたもんや」

 ナンパとは、見知らぬ気に入った女性に男性から声を掛ける所為だ。女性から男性に声を掛ける場合は逆ナンパと称する。

 師匠の説法は続く。
「隙間が見えんねん。その女の日常生活の隙間、非日常への入口が。そこにすっと入り込むんや。ファーストコンタクトで勝てる。ナチュラルに入り込んで、いや染み込んでいくイメージやな、警戒心なく女が言葉を返してきたら、そこで勝ちや」

 就職氷河期に公務員を選び、それを勝ち得た師匠はモテる方の公務員といえた。僕と師匠と出水はそのクラブのダンスフロアからは会話が出来る程度に離れたボックス席にいた。僕と出水は師匠の言葉を熱心に聞き入っていたが、出水には実践の意思はないようだ。

 出水は今でこそ僕とも親しくしているが、元々はこのクラブで師匠と出会って交流を深めるうちに、後から僕が合流した形だった。僕が(師匠と共通の友人に)生まれて初めてクラブという所に連れて来られた大学卒業後の二十四歳の頃だ。出水は師匠の昔馴染みのようにそこにいたが、後に知ったのは、その日が師匠と出水の初顔合わせだったこと、出水はこのクラブにずっと一人きりで来ていたこと、そして、出水は踊るわけでもなく、酒を飲むでもなく、ナンパするでもなく、傍観者のようにその深夜の社交場を眺め、それでいて楽しそうに存在していたこと。師匠は最初の頃こそ「おまえは何がしたいねん」と出水を罵ったが、出水のそのルックス目的に引き寄る女性もあるうちに、「まあ、ええわ。お前は撒き餌みたいなもんや。おるだけで何もせんでええ」と師匠がわけのわからない認め方をした時も出水は嬉しそうに見えた。なので、この説法は全て僕のためと言えた。

「まず、がっつり踊ってる女、あれは狙(ねろ)てもあかん。あいつらは正味踊りに来てるだけや。まあ、カルチャースクールでの運動くらいに思(おも)てるんちゃうか。こんなしょっぼい音楽流してるクラブに真剣に踊りに来とるという時点でほんまのアホといえるな。で、ややこいのが太融寺の立ちんぼみたいに壁に背を向けてフロアを眺めてる女、二人以上でおるのにそいつら同士あんまり会話もしてへん。そいつら確実にナンパ待ちやねん。せやけど、一丁前に選びよる。興味なかったら完全無視しよる。なんで、立ちんぼはよっぽど琴線に触れるルックスやなかったら行かん。結局、狙い目は、クラブデビュー女子グループ、詰まらんかった合コン帰りの女子グループ、旅行ついでの夜遊び女子グループ、厳密に言えば男女混成グループでもやりようはある。それと、心ん中に孤独を湛えた美人。こっちの方はむしろ一人で来ていてもええ」
「いやいや、でも、そんなのどうやってわかるのさ?」僕が聞いた。
 出水は二人のやり取り(といっても殆ど師匠の一人喋り)をニヤニヤしながらウーロン茶の氷をいじって静観しているだけだ。

「三規生、さっき言うたように、ここはいわば生け簀や」師匠はラッキーストライクを揉み消しながら続ける。
「こっからは有料や。それが嫌なら盗むこった。まあ、経験からわかることがほとんどやからな」
 僕こそカルチャースクールの生徒の気分だった。師匠が席を立ち上がって言った。
「ほな、巡回行こか」
 巡回とは、二十三時を過ぎたあたりで、店内の女性を品定めに行くことだった。

 師匠はすぐさま女性に話し掛けた。
「久しぶりやんっ!」片手でハイタッチしながら。
「元気やった?」女性も溌剌と応じる。

「誰、友達?」僕は聞いた。
「一カ月前にここで一回会ったことあるだけやで。ブサイクやから行かんけど、好みの問題やし、紹介しよか?」

 師匠は物見遊山とばかり品定めと軽いアプローチを繰り返す。

 その間、ジンギスカンのジンギスカンが軽薄に箱を揺らしている。

 師匠は窓ガラスに面したバーカウンターの手前で立ち止まり、振り返って言った。
「見つけたわ。状況次第では入って来てな」
 そう言うと、カウンター席に一人座る女性の元へと向かった。状況とは相手が複数だったり、男連れだった場合だろう。僕と出水は拱手傍観する。

「どっから来たん?」
「名古屋」
「大阪楽しいやろ。一人?」
「友達と来たけど、帰っちゃった」

 どうやら、詰まらなかった、旅行ついでな上、孤独を湛えた美人のようだ。いきなりの応用編ではないか。

 ものの三分で、師匠が右手でOKサインを作りながら戻った。

 師匠が出水に近付くと、何やら受け取っていた。
「出水君、師匠に何渡したの?」
「コンドーム」

 その日、正確には翌日未明に、師匠は名古屋から友人と旅行に来たが、仕事の都合で友人が先に帰ってしまったという巻き髪ミニスカート、推定二十二歳と連れ立ってクラブを出て行った。
 残された僕と出水はまた来週に聞けるだろう師匠の武勇伝を楽しみに解散することにした。
 僕、師匠、出水のそんな作業は僕が凪に出会うまで毎週末続いていた。

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