遅筆も遅筆。ネームも作画も仕上げもコラムも全部。ネタが梅雨・・・。でも、記念すべき連載10回目!ずっと続けるので応援よろしくね。
『お天気お寧(ねい)さんの日常。』第10話「梅雨入り。」
原作:吉田ジョージ 作画:無有(ムー)
恒例、俺のネーム
いつもありがとう、無有(ムー)先生!
補足コラム「梅雨入り。」
「ここに梅雨入りしたことを宣言致します」気象庁は高らかに梅雨入り宣言なんてことは今も昔もしていない。梅雨入りや明けを"宣言"として報道したメディア用語だ。1955年頃から報道機関にのみひっそりと"連絡"していたという。気象情報として広く一般に"発表"を始めたのは1986年からだ。当初は特定の日を発表していたが、「梅雨入りしたのに雨が降らない」「梅雨明けしたのに雨が降ってる」など多数の苦情に答える形で1995年からは月の上旬・中旬・下旬を前半・半ば・後半に分けての発表に変わった。「6月の上旬の半ばに梅雨入り」と言われても・・・。案の定このやり方は広く受け入れられずたったの2年で終了したという。今も昔も電凸に右往左往は変わらずか。
今、気象庁は天候経過と週間予報から梅雨入りと明けの速報を発表している。細微な数値上の定義はなく、天気図上に梅雨前線が描かれてないままに梅雨入り発表なんてこともままある。速報値はあくまで予報から推定して発表するので、9月1日、秋に入り実際の天候経過を振り返って検討し、確定値を発表し直すことになる。速報とは期日が変わることも多い。統計上の貴重な資料になろうが、9月に梅雨の確定値に興味のある人は多くはない。
現在の気象庁発表文は「〇日頃、〇〇地方で梅雨入りしたとみられる」というかなり奥歯に物の挟まったような言い方だ。宣言とは程遠い表現だろう。まずは"〇日頃"、これは梅雨の入り明けには5日間程度の遷移期間があってその中日を取るからだというのが気象庁の言い分。"とみられる"は確定値ではないから断定できないということだ。メディアでもこの表現は割と正確に伝えている。"頃"を省いたりはよくあるが。
そもそもなぜそんな曖昧で不確定な情報を発信するのかといえば、出水期の始まり、大雨シーズンのスタートを公表することによる防災対策上の意味合いが強い。"梅雨入り"なら雨具や屋内アミューズメント施設などの需要が高まろうし、"梅雨明け"ならビールや夏服、アウトドア用品などの需要が高まろう。近年では大々的に報道されることによって経済活動の後押しに繋がるという意義もある。
明けない梅雨はない。と、名言ごとく締めたい所だが、過去に梅雨明けを確定できなかった年(1993年・1998年・2001年・2003年・2009年・2017年)もある。1963年は梅雨入りの確定ができなかった。大気と水の織り成す振る舞いを人間が線引きする難しさよ。
さすがに牛丼とは違い、雨の少ない空梅雨(からつゆ)はあっても、梅雨(つゆ)なしの年はない。たっぷりの紅生姜を添えたつゆだく牛丼食べたくなる漫画でした。(2019.10.31)