吉田ジョージの吉田屋帝国

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吉田ジョージ作 恋愛青春小説『風凪(かざなぎ)』十二

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*2020年4月20日(月)、タイトルを『風凪ぐ(かぜなぐ)』から『風凪(かざなぎ)』に変更。

十二

 二人で過ごす初めての十一月。空気の乾燥し始めた下旬、互いに仕事が休みで何をするともなく2DKのリビングルームといえる方のテレビ放送が垂れ流しになっている部屋で凪が言った。

「ミッキー、来週の日曜までに釣書用意しといてな」

「ツリショ?」僕は不意に言われた自分とは縁遠いその言葉の意味をすぐには理解できず咀嚼した。

「だから、釣書。書式や体裁は任せるし、ミッキーのパソコンで作ったらええし」

「それって、学歴やら、職歴やら、家族構成やらを列記してお見合いで使う書類のこと?」

「まあ、見合いではないけど、うちの両親に会って貰おうと思って」

「凪はいっつも唐突だな。前から考えてたの?」

「今、思い付いてん」

「勢いか?」

「まあ、私勢いで生きてるようなもんやから」

 次の日曜日は凪に急遽イベント司会の仕事が入り、凪の実家への訪問は一方的に翌週へと持ち越された。僕は注射の列に並ぶ幼い子供のような不安がその日からは解消されたが、結局来週となれば、痛みへの想像が膨らむばかりだ。

 翌々週の日曜日、凪の実家のある姫路駅に降り立った。僕は駅前道路の幅広さに圧倒された。六車線もあったからだ。

「やっぱり、城のある街って何かこう自立してる感じするよね。城マニアってさ、城跡も好きなんだって。堀の痕跡なんかを眺めながら、自分ならどう攻めるやらどう守るやらを空想するんだと」

「ミッキーだいぶんテンパっとるな。さて、ならば、どう攻めますか?」

「がんばります」

 ジャケットの内ポケットに入ったツリショを右手で押さえながらそう答えた僕は大学の入学式以来の慣れないスーツを身に纏っていた。

 タクシーで十五分ほどの田園風景が広がる通りを抜けて凪の実家に至った。田んぼを目にすることによって城主のイメージから、年貢を納める側の農民のイメージへと移ろい、多少は落ち着いたが、すぐさまそれも吹き飛んだ。古めかしい日本家屋、塀越しに白壁の蔵まで窺えた。

「豪農?」

「GO NO?ここまで来て今更何を!GOストレートやで、若人よ」

 会話の成立が困難なほど僕は緊張していた。初回生放送本番以来か。

 凪の母に案内され純日本風の客間に通されると卓上には高価そうな重箱弁当が四つ、蓋付きで並べられていた。土壇場でキャンセルされた先週の日曜日にもこのテーブルに高価な弁当が並べられていたのだろうか。上座には座布団に胡坐をかいた凪の父がでんと座っている。目は合わない。

 いつかの師匠の言葉が頭でリフレインしていた。

「三規生は簡単にセックスさせる女が存在すること自体信じられへんと言ってたやろ。要はバランスやねん。こっちが簡単にセックスしたいと思ってないとそんな女も見付かるわけないんや。ええか、お前とセックスしたいだけの女に対してお前がプロポーズすることがどれだけ無意味なことかっちゅう話やねん。相手が一グラムならお前も一グラム弱か強、相手が十万トンならお前も十万トン弱か強で臨めっちゅうことやで。まあ、男が強、少々上の方が、バランスが取れることも多いんやけど、そこの微妙さ加減はまだまだ三規生の理解が及ぶ範疇ちゃうわな」

 バランスは明らかに破綻している。僕はただただ凪に言われるがまま付いて来ただけだ。ドラマや映画にあるような「娘さんを僕にください」という陳腐なセリフや場面が身を過(よぎ)った。

 僕は自己紹介を済ませ促されるままに着座して、胸ポケットから釣書を出そうとすると、凪の父が制した。

「とりあえず、飯を食おうじゃないか。なあ、凪」

「そうやんな」凪が答えた。

 僕は高価な弁当の蓋を開けたは良いが、その蓋をどうするべきなのか途方に暮れた瞬く間、凪の母が四人全員の弁当の蓋を回収して傍らに重ね置いてくれた。

 喉を通る惣菜は皆同じような味がした。ただ米の旨さには感動したが、それを口にすることもなく重苦しい食事が続いた。

 いつもの凪ならそんな空気を察して場を取り繕うが、家族を前にそんな気を使う必要を感じていなかったのだろう。僕は家族間の会話に適当に相槌を打ちながら、やっと食事タイムを終えた。

 釣書を凪の父に提出することを許されて、適当に出身大学やら千葉の両親やらについての質問に答え、特に結婚を想起させる言葉を発する間もなく凪の母が立ち上がった。

「ちょっと待っててね」客間を出て行き預金通帳を手に戻って来た。

「凪、ここにあんたの結婚資金にと貯金してきたお金があるから自由に使ったらいい」

「ええ、ほんまに。ありがとう」凪は涙ぐんでいた。ちらっと見えた残高の印字、ゼロの数はすぐにはわからなかったが、一十百千・・・、確かに二千万円と書いてあった。

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