カクヨム
小説『風凪(かざなぎ)』を公開したい。当ブログと「カクヨム」というサイトに上げるので読んでみて欲しい。原稿用紙80枚くらいでもう一昨年(2017年)に完成はしているのであとは上げるだけだ。
一
風凪 吉田ジョージ
「はい!次は青いカードです。青いカードの同じ番号同士の男女でお話をしていただきます。三分間です。席替えしてくださいね。あっ、何番ですか?12番、12番はこちらのお席です」
心斎橋にある二つのデパートの間を東に五分ほど歩いて右手のグルメビル一階にその小洒落たチャイニーズレストランがあった。毎週土曜日の午後三時から二時間、レストランの通常営業時間前に開催される契約になっていた。
五月初旬だというのに今年初の夏日だとラジオが告げている。額を流れる早々には蒸発してくれない汗を右手の甲で拭いながら僕は、カップリングパーティーの司会と客案内を忙しなくこなしていた。左手には有線マイクを握っている。
結婚を前提としたお見合いパーティーとは意味合いが違って、男女を引き合わせる場を提供することのみに商品価値があった。三分も見知らぬ男女が話をすれば、恋が生まれたり生まれなかったりするのだ。僕にしても傍から男女の会話を三十秒も見守れば、この二人がカップルになるかならないかをかなり高い確率で判別出来るようになっていた。人気のある女はどんなパーティーに出たって人気があるし、人気のない男はその逆だ。
僕は大学卒業後、しばらくぶらぶらしながらも漠然と、声を使う仕事に興味を抱いていた。自身が広川太一郎や逸見政孝やタモリのようになれるわけなくとも、自らの声を生業にしたいと考えだしてからすぐに、このアルバイトが見付かったのだ。
きっかけは単純なことだった。師匠の言葉だ。
「三規生は大阪に来て何年経つん?」出会って間もない頃の師匠が聞いた。
「千葉で生まれ育って、東京で一年浪人、大学からだから六年目かな」
「そのしょぼい標準語は変えるつもりないん?」
「関西弁で喋ろうと努力もしたけど、どうしてもよりいっそう胡散臭くなるから、やめた」
「まあ、むしろそれは売りかもしらんな」
僕は関西の人たちが不快に感じない程度の標準語(東京弁ではない)を身に付けてはいたが、関西弁はいっこうにマスターできなかった。そのせいで関東にいた頃よりも口数が減ったように思う。不都合な事の方が多いと感じていた僕の言葉使いに対して、師匠はセールスポイントだと言い放ったわけだ。人は些細な、意図したはずの意味とは無関係に、その言葉で他人の人生に多大な影響を与え得る。
事実、師匠が「アナウンサー目指すて?自分ほんまのアホちゃうか!」と言ったことを鮮明に思い出す。
今日のパーティーは「三十代限定 男性公務員特集」キャリア官僚なんて当然いない。バブル景気の終焉とともにバブル期には見向きもされなかった男性公務員たちがにわかにモテだした時代だ。しかし、時代が変わったとはいえ、その好景気の最中に地方公務員を選んだ男たちが人一倍魅力的なはずはなかった。そして、今更ながらにその男たちに群がる女たちも決して時代を読めるとは言い難かった。